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南関町

政府軍、南関に入る

南関は、福岡と熊本を結ぶ主要な街道(豊前街道)であり、戦略上でも要地であった。この地を押さえれば、薩軍を熊本県内に封じ込めることができる。

政府軍の援軍は、博多から南関に入ってきた。有栖川宮を征討総督とした政府軍は、本営を正勝寺に置いた。

乃木連隊長も高瀬(玉名)の戦いで貫通銃創を受け、南関の臨時野戦病院になった西宗寺に運ばれてきた。翌日、久留米に後送され、20日ほど入院、再び前線へ戻っていった。

結局、南関では戦はなかったが、基地としての大きな役目を果たした。城の宮官軍墓地、肥猪(こえい)町官軍墓地がそのことを伝えている。