熊本城内、困窮する熊本鎮台軍
薩軍の主力が北へ転戦したため、城を守る鎮台の負担は減った。しかし、開戦前の出火で食糧を失い、その補充が不充分。糧食不足に苦しみ、極力消費を抑えることで凌いでいた。
一方、薩軍は、高瀬・山鹿・田原・植木等の北部戦線が激戦化するにつれ、増援部隊を激戦地に派遣して人数が減少。寡少の兵で巨大な熊本城を全面包囲することに苦しんだ。
鎮台側はこの機に乗じ、時々少量の糧食を城中に運び入れた。
薩軍の主力が北へ転戦したため、城を守る鎮台の負担は減った。しかし、開戦前の出火で食糧を失い、その補充が不充分。糧食不足に苦しみ、極力消費を抑えることで凌いでいた。
一方、薩軍は、高瀬・山鹿・田原・植木等の北部戦線が激戦化するにつれ、増援部隊を激戦地に派遣して人数が減少。寡少の兵で巨大な熊本城を全面包囲することに苦しんだ。
鎮台側はこの機に乗じ、時々少量の糧食を城中に運び入れた。