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御船の戦い~薩軍猛将・永山弥一郎の最期

黒田清隆参軍の指揮のもと、4月12日、官軍は一斉に攻撃を開始。宮地を発して緑川を強行渡河。緑川は死体で埋まり、血で染まったと言われる。

緑川を渡った官軍は、薩軍を攻撃。御船川に追い詰められた薩軍は、銃火を浴びて壊滅状態になった。薩軍は敗戦続きに気勢揚がらず、民家に放火して退却した。

この時、負傷を推して二本木本営から人力車で駆けつけた永山弥一郎は、敗走する薩軍兵士を叱咤激励していたが、挽回不能と見て、民家を買い取り、火を放ち、従容として切腹した。また、荷駄掛の税所在一郎も、彼に従って自刃した。

永山が民家を買い取った額は100円。当時立派な家が新築できる価格であった。
彼の人柄と壮烈な最期は、御船町郷土史の1ページを飾っている。

かくして御船は官軍に占領された。

4月12日、一旦は薩軍に進撃を阻まれた官軍だったが、翌13日、ついに緑川を渡り、薩軍と激戦しながら川尻に進み、守る薩軍を攻撃して退け、とうとう川尻を占領した。