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薩軍・宮崎八郎の戦死

宮崎八郎は、自由民権の壮士である宮崎とう天の兄である。彼は、熊本協同隊の参謀長として薩軍を援助した。

八代の薩軍が危ないとの状況の中で、熊本市にいた宮崎八郎は、八代の薩軍・辺見十郎太のもとに来、死を決して辺見隊の一員となった。

4月6日、薩軍は押され、先を争って球磨川へ飛び込む。堤防の上から官軍が撃つ。川が真っ赤に染まる。

宮崎八郎は、辺見十郎太に、「自分に任せろ」と告げて指揮旗を持って身代わりとなり、堤防の上に仁王立ちになった。弾が当たった。宮崎八郎の懐には、ルソーの民約論が抱かれていた。弱冠、27歳であった。

宮崎八郎の恋人、浪子は、八郎の死を聞き、熊本から八代に赴いて、球磨川河畔をさまよい続けた。