薩軍、三州(薩摩・大隈・日向)盤踞策の本拠を人吉とする
4月20日、薩軍は、矢部(現山都町)に退いた。西郷隆盛もここに入り、薩軍の主力が矢部に集結した。もうこのときは総勢3,000余名になっていた。
最盛期には4万を超えた薩軍も、総帥西郷の回りにこれだけの人数しか残らなくなっていた。
本営をここの酒造家備前屋に構えた。今の通潤酒造である。
4月21日、薩軍は矢部浜町の軍議で、三州(薩摩国・大隅国・日向国)盤踞策をとること、人吉をその根拠地とすることなどを決めた。即日、薩軍は全軍を二手に分け、椎原越えで人吉盆地へ退却した。