薩軍・三番大隊長永山弥一郎は最初から薩摩の「挙兵」には反対でしたが、薩摩と行動をともにしました。
松橋の戦いで負傷し熊本の病院にいましたが、人力車で御船に入り前線の兵を激励しました。敗戦の責を負って自決(40歳)。>
【永山弥一郎自刃の碑】