西南戦争の証し感無量 市役所市長室テーブルの弾丸跡
西南戦争の弾丸が打ち込まれたクスのテーブル、見てみたいですね。市役所で使われているなら、しっかり保存していただきたいものです。実際に使われている、というのがいいですね!
(南日本新聞より引用)
鹿児島市城山の大クスで作られた市役所市長室の応接テーブルには、1877(明治10)年の西南戦争で撃ちこまれたとみられる弾丸が残っている。一般にあまり知られていない“生きた証”を一目見たいと26日、鹿児島史談会の池田純副会長(59)ら会員4人が市役所を訪れた。
大クスは故・勝目清市長時代の1951(昭和26)年、ルース台風に見舞われ折れた。翌年、市工芸研究所(当時)に持ち込まれ、木挽(こび)き職人が製材中、めりこんでいた鉛弾を偶然のこぎりで真っ二つに切断した。
テーブルの製作を手がけた冨田勇さん(76)=霧島市隼人町=によると、弾が当たってから成長した木の表面までの年輪数が西南戦争までの年数とほぼ一致したことから、関係者は当時の弾丸と確信したという。
テーブルは弾丸を残したまま製作。弾丸の断面と木にできた弾の通り道が見て取れる。そのわきに「西南戦争の際 射込まれた弾丸」と文字を記して、今も使用されている。
池田さんは約20年前、中央公民館講座でそのことを知り、見たい衝動に駆られた。だが機会に恵まれずようやく実現した。年数がたち白く浮き立った弾は縦2.5センチ、幅1.5センチほど。4人は「こんなに大きいとは」などと見入った。
池田さんは「具体的証拠を見て西南戦争を身近に感じた。20年越しで念願がかなった」と感無量の面持ちだった。