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西郷と「福岡の変」つながり裏付ける新史料発見

歴史の真実を知ることは、現代に生きる私たちとその未来にとって、とても大きな意味を持ちます。史料の発見は、非常に貴重なことだと思います。

(読売新聞より引用)

 1877年(明治10年)の西南戦争に呼応して福岡の変を起こした旧福岡藩士族と、その源流で幕末に弾圧を受けた筑前勤王党に関する新たな史料が子孫宅で見つかり、福岡市博物館(早良区百道浜)に寄贈された。

 西郷隆盛直筆の書も含まれ、幕末・維新期の西郷と筑前勤王党のつながりを裏付ける新史料として注目される。

 今年は西南戦争、福岡の変、西郷没後130周年に当たり、同博物館は11月8日から開く新収蔵品展で一部を公開する。

西郷隆盛直筆とされる書(福岡市博物館提供) 寄贈されたのは、福岡の変の中心人物だった武部小四郎と、その父で筑前勤王党幹部・建部武彦の書や手紙、古写真など遺品約1000点。いずれも、小四郎のやしゃごで、早良区の公務員武部自一さん(57)が自宅に保管していた。

 博物館はこのうち、西郷の書と、小四郎の写真、直筆の辞世や、建部の遺書、建部への切腹命令書、勤王党を率いた藩家老・加藤司書から建部への手紙など約10点を公開する予定だ。

 西郷の書には「靖献(せいけん)」と書かれ、西郷の号「南洲」の字が記されている。靖献は四書五経の「書経」に由来する言葉で、「臣下として義に安んじ、先王の霊に誠意をささげること」(広辞苑)の意。豪放な筆跡は現存する西郷の書と同じで、武部さんや同博物館は「西郷直筆に間違いない」としている。

 武部家の言い伝えによると、西郷は建部と交流があり、福岡で建部と酒を酌み交わしたこともあったという。書は、小四郎が西南戦争前に鹿児島に遊学した際、西郷が建部の死を悼み、慰霊の意味を込めて筆を執り、小四郎に与えたものという。

 建部の遺書には、日によって飛ぶ場所が違う蝶がいるという趣旨の内容が書かれている。徳川幕府を支持する佐幕派に寝返った同志を批判したものとみられ、勤王派と佐幕派による藩内の抗争の激しさをうかがわせる。

 建部への切腹命令書には「(藩主が)不届き至極におぼし召され、切腹仰せつけられ候事」と記されていた。当時の藩主、黒田長溥は当初、建部らを登用していただけに、皮肉な運命を象徴する文面となっている。

 同博物館の宮野弘樹学芸員(日本近世史)は「体制側に罰せられた人々は歴史に埋もれがちなだけに、今回の発見は大きな意味がある」と話している。

 武部さんは「福岡の変から130年。史料の分析を進めてもらい、建部や小四郎の政治活動の全体像をつかめることができれば意義深い」と期待している。

 展示は12月9日まで。一般200円、大学・高校生150円。